tommy's garden

アラフォーの初マタライフの記録。今秋に出産予定。

六角堂と旧天心邸、そして大観

この前の日曜に、岡倉天心ゆかりの地を訪ねました。茨城県北茨城市の五浦(いずら)という場所です。

 

きっかけは、今月の初めに偶然観た『出没!アド街ック天国』で、六角堂が紹介されていたこと。六角堂というのは、天心が読書や思索にふけったという、太平洋に突き出た岩の上に建つ朱塗りの建物です。しかしながら、東日本大震災の津波で流失してしまい、私たちが今見ることができるのは、その後再建された六角堂です。流失からわずか1年で、創建当時の姿に再建されたそうです。

 

じつを言うと、夫も私も出掛けるまでは、岡倉天心についてほとんど知りませんでした。でも、展示物や映像をとおして、天心がどんな人物だったかが少しずつわかるようになっています。

 

にわか仕込みの知識を頭に叩きこんだあとで、私たちは六角堂に向かいました。歩いていると、ほどなくして波音が聞こえてきます。そして、眼前に広がった風景に目を見張りました。天心が魅了され、ただちに土地を購入して転居した理由が一瞬でわかるような、荒々しくも美しい、絵画のような景色が現れたんです。

 

六角堂自体は、内部に足を踏み入れることができません。天心が思索の合間に見ていた風景を、窓の内側から見たかったので残念でしたが、なんらかの事情があるのでしょう。というわけで、こちら側の窓とあちら側の窓の、2枚の窓越しに海を眺めて、私たちはその場をあとにしました。背後の階段を上ると、そこには天心邸があります。華美とは対極の、木材を再利用したその家屋は、五浦の景観によく溶け込んでいました。

 

ちなみに五浦には、天心に呼び寄せられて、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山も居を移し、日本画の制作に励んでいたそうです。

 

もう10年以上も前のことになりますが、ある年のお正月に、上野の横山大観記念館を訪れたことがありました。旧居が記念館としてそのまま使われており、その居住空間で大観の作品を鑑賞できるという贅沢な施設です。そのときのおぼろげな記憶のなかに、“岡倉天心” そして“五浦” というふたつの単語がありました。展示物の説明のなかで、繰り返されていた固有名詞だったと思います。

 

大観の五浦の家はやがて火事に遭い、そこで移り住んだのが、上野の家だったとのこと。だから、私のなかでは十数年の時を隔てて、上野―大観―天心―五浦 がつながったことになります。ちょっと嬉しい。

 

登録有形文化財の長屋門と旧邸、そして六角堂や天心記念館から成る天心遺跡。岸壁を洗う波の音が耳に心地よく、心まで洗われるような素敵な場所でした。行けて本当によかった。アド街ックと、連れて行ってくれた夫に感謝です。

 

お読みくださり、ありがとうございます。